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養育費無しで離婚したということ

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「養育費無し」で離婚した。面会は無い。

「養育費無しで離婚した」というと「養育費は子供の権利なのに、それを放棄するなんて!!」と言われることがある。たしかに子供の権利なのはわかる。少ない額でも養育費を貰ったほうがいいに決まってる。

養育費を貰わない選択をしたことで、同居親のワガママだと見られる。別れた相手に会いたくないから、別れた相手に子供を会わせたくないから…そういう理由で、養育費無しにしたんでしょ?と思われる。自分は子供を守ったつもりでも、まわりにはそういう風に見る人がたくさんいる。

養育費を貰うことくらい頑張れないの?という声もある。頑張った末にこうなった。

 

 

全部私の勝手な言い分です。

 

 

養育費は欲しいに決まってる。子供のために貰うのは当然だとわかっている。それをいくら主張しても伝わらない相手もいる。弁護士を雇うなりして、養育費を貰えばいいじゃないかと言われるのもわかる。弁護士を雇うことも検討した。

でも…

仮に弁護士を雇い、養育費の額が決まり、離婚が成立したら…

相手方と子供の面会は必須になる。「養育費=面会」でないことはわかっている。だけど、お金を払っているんだからと相手は主張してくるのは目に見えている。それに、面会をさせればお金を払うという構図になりかねない。

相手方と子供を面会させることの大切さもわかる。だが、「勝手に出ていったんだから、お前が養え」と言ってきた人に会わせたいだろうか。そんなことを言ったら、私が会わせたくないから、面会拒否したんだろ?って、また責められそうだが…

相手が面会を望むなら、それは応じるつもりでいた。ただ養育費も払わずに、会わせるなんて虫が良すぎる。結局「養育費=面会」になってしまうのだろうか…

しかし、面会の話になった時に「養育費を払わないと決めたら、〇〇(=私)は、面会させることを嫌がる。だから面会は希望しない」と相手方から主張された。子供のことは考えないのだろうか。私のことを「面会をさせてくれない悪者」にしたいように感じた。

 

 

それから、弁護士を雇い、養育費が決まっても、養育費の未払いの可能性もありえる。別居中の段階でも、金銭を一切支払わなかったので、十分にありえる。

弁護士まで雇い、養育費が決まっても、養育費を払わないとなったら、何のために弁護士をつけてまで決めごとをしたのか…となる。

調停調書があれば、銀行口座や給与の差し押さえができるから、ちゃんと払われる。と思われるかもしれないが、実際は、給与口座を変えたり、差し押さえになる前に全額引き出されてしまったり、職を変えられてしまったら、またいちから口座を調べたり、転職先を調べたりしなければならない。それには一人では限界がある。また調べるのに、こちらがお金がかかる。私も、要は金なのかと言われそうだが…

 

仮に養育費が決まったとしても、私のケースだと、毎月2,3万になるだろう。

その2,3万を得るために、弁護士を雇った分の返済をし、養育費が未払いになったら、家庭裁判所へ申立をし、それでも未払いなら、口座や給与を差し押さえし、それでも未払いになら、口座や転職先を調査したり…何のための養育費なのかわからなくなる。それに、数万円入金があったばかりに、面会を定期的にしなければならない。養育費が止まれば、会わせなきゃいいのでは?と言われても、決めごととしてある以上、また不定期に支払われたら、会わせなければいけないのか…など、常に相手方に振り回される状態になりそうだと思った。

 

養育費を放棄したと言われるだろう。ただ、この先、娘と健康的に生活していくことを考えたら、養育費を毎月貰うこと(貰わなくても)で、私はきっと振り回される。そうなったら、いつもどこかで、頭の隅っこで、相手方のことを考えているような気がする。

精神的にダメージを負いながら、子育てをするのはキツイ。そんなの弱音だ、と言われるかもしれない。でも、私自身無理だとわかっているのに、わざわざ無理な道へは行かない。できる人だけやればいいじゃないか…投げやりな言い方で申し訳ないが。

 

子供を守ったと言いながら、自分を守ってるんじゃないか? そう思われるかもしれない。でも自分を守らなければ、子供を守ることができるのだろうか。私は無理だ。自分が不安定で、どうして子供に接する事ができる?親なんだから、そこは分けて考えろと言われるかもしれないけど、私にはそれはできない。やってもみないのに、できないなんて言い切るなって言われるかもしれないけど、わざわざ辛い道には行かない。

 

離婚したことで、モラハラ夫からの呪縛から離れられた。それを養育費で繋がり、日々怯えるのはもう嫌だ。私は健康的に暮らすために、養育費無しを選んだ。周りはそれを非難するかもしれないけど、私が決めたこと。非難されるのは、時に苦しいけど、わかってもらえる人にわかってもらえばいい。私は勝手なのかもしれない。ダメな母親なのかもしれない。でもそれが私。開き直りって言われるかもしれない。でもそれが私。