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痙攣が起きて救急車で運ばれた日の話

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娘の回復も順調で、だいぶ平常運転になってきました。

 

 

救急車で運ばれた日のできごと

入院騒動が起きる前日、こども園から「熱があるのでお迎えに来てください」と呼び出しがありました。その日は早退して、翌日は休ませました。休ませた日の夕方、熱が40度近くなり、痙攣が起き、救急車で運ばれました。

休ませた日の昼間は、熱も少し下がり、本人もおもちゃなどで遊べるくらいになっており、グッタリした様子はありませんでした。夕方から熱が上がることは十分考えられましたが、ここまで急に熱が上がるとは思いませんでした。

救急車で運ばれている最中、娘は呼吸ができなくなり、酸素が送られていました。私のことは全然認識していないようでした。私自身もパニックで、搬送中のことはあまり覚えていません。

 

救急車で運ばれてから娘に会えるまで

地元の大きな病院に運ばれましたが、そこでは十分な処置ができないと医師から話がありました。その病院で応急処置はしてもらったものの、遠方にあるさらに大きな病院へ搬送することが決まりました。

娘はその病院から救急車で出発しました。私もその後を追うように、2時間近くかけ、搬送先の病院へ行きました。

搬送先の病院へ到着しても、娘は直接ICUに運ばれてしまい、会うことはできませんでした。

 

娘に会えたのは

娘に会えたのは、救急車で運ばれてから約9時間後、夜中の3時前くらいでした。娘の体には、たくさんの点滴の管が繋がれていました。熱が上がりすぎて、脳細胞を破壊されないように、体を冷やす装置もつけられていました。

脳低温療法(のうていおんりょうほう)とは、脳が障害を受けた際に脳の障害がそれ以上進行することを防止するため、体温を低く保つ治療法のことで、人為的に低体温症を引き起こさせるものである。低体温法ともいう。

(Wikipediaより)

娘の体を触ると冷たかったのを覚えています。体温は34度くらいだったと思います。麻酔で眠らされていました。

呼吸は自力でできず、装置でなんとかしている状況でした。体全体が眠らされているので、体内部の機能も停止しています。

このままの状態になってしまったらどうしようと私は泣きそうでした。

そうならないよう、医師たちが最善を尽くしてくれているのはわかっているのですが、目の前の娘の姿を見ると不安で仕方ありませんでした。

 

医師からの説明

処置の内容としては、体を冷やし、熱でこれ以上の細胞の破壊を防ぐことをしていると説明されました。大事な話をされているのはわかっていても、自分の情緒が不安定で、なんとなくしか覚えていません。親がそれではいけないですが…

痙攣の原因等は、その段階ではまだハッキリしていませんでした。さらに、意識が戻ってこないと、麻痺などの障害がでるかどうかもわからないと言われました。

障害云々より、このまま娘がいなくなってしまったら…という考えで、私の頭の中はいっぱいでした。

それから3日ほど、娘の意識はハッキリとせず、私がしてあげられることは何もありませんでした。毎日医師からの説明がありました。病院を訪れ、医師の話を聞くまで、毎日ドキドキしていました。今日の話で何か悪いことを言われたらどうしよう…と不安でした。

 

 

続く…